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【連載】シュガーロード紀行 -壱- 長崎

【連載】シュガーロード紀行 -壱- 長崎

ごきげんよう よしだです。
今回より不定期連載「シュガーロード紀行」の始まりです。

江戸時代、唯一の外国との窓口であった長崎、ここを起点に北部九州を横断して小倉までのびる長崎街道は、当時大変貴重品だった砂糖が運ばれていった道でもあることから「シュガーロード」とも呼ばれています。

シュガーロードの沿道には、砂糖の恩恵とその土地の風土や産物が結びつき、数多くの銘菓が生まれました。

この連載は、かつてのシュガーロードを辿りつつ、今も残る銘菓を中心にその土地ならではのお菓子を食べ歩こうという企画です。

きっかけは一冊の本

先日、古書で偶然見つけたのが「肥前の菓子 シュガーロード長崎街道を行く」という本です。

著者の村岡安廣さんは、羊羹や丸ぼうろで知られる村岡屋総本舗の代表取締役です。

長崎街道沿いに数多く残る銘菓について、誕生の経緯や製法をその産地の歴史的背景や地理的条件も考察しつつまとめてあります。

身近にありすぎて普段は気にも留めずに食べていた地元のお菓子ですが、一つ一つに物語があり、いわばその土地の文化の結晶のような存在であることを知ることができました。

長崎街道と砂糖について


「肥前の菓子」の表紙にも使われていた平成9年発行のふるさと切手「長崎街道」は、ヤ●オクで入手しました。古地図の上に唐突に登場する鳥栖ジャンクション…。

この本に紹介されているエピソードで面白かったのが、昔は「その土地の食べ物の甘みが強い地域ほど、文化の水準も高いと考えられていた」という話です。

食べ物の甘みは、長崎に近いほど強かったといいます。今では殆ど聞かない言葉ですが「長崎が遠い」という言いまわしがあるそうです。(方言で言うと「長崎ん遠か」って感じでしょうか。)

これは、料理などの味が「甘み(砂糖)が足りない」という意味で使われた言葉なのだそうです。

かつて砂糖は今とは比べ物にならない程の価値があり、金・銀と同等の価値で扱われることもありました。そういったものを豊富に使えるということは、イコール生活が豊かで文化の水準も高いとみなされたわけです。

実際、長崎街道は、砂糖だけでなく様々な異国の文物や産物が行き交う文化の一大幹線道路でもありました。

鉄道や自動車の発達した現在では交通網・物流網とも変化し、かつて人々が徒歩で行き交った街道もその賑わいはなくなりましたが、痕跡は石碑や神社仏閣、史跡などのかたちで今も残っています。

本を読んでいるうちに、砂糖が運ばれていった道を実際にたどりながら、その土地土地を訪れて、本で紹介されていたお菓子の数々を食べてみたくなりました。

旅の始まりは長崎から

というわけで、6月某日、長崎にやってまいりました。
梅雨入り前の晴れ渡ったお天気でまさに観光日和です。

長崎街道の始点はどこなのか

長崎街道のはじまりを示す石碑があるとのことなので、まずはそれを観に行くことにします。

路面電車の「諏訪神社前」電停で下車します。
通りの標識を見ると…。「新長崎街道」とあります。

私が探しているのは「新」ではないほうの長崎街道なのだよ…。

新長崎街道から枝分かれするかたちで、もう一本やや幅の狭い道があります。その道のわきにこんな看板がありました。

どうやらこの通りが長崎街道で間違いないようです。

長崎街道に並走するかたちで、幅の広い車道が新長崎街道としてつくられたようですね。

ここはかつて街道沿いに市が開かれていた場所だったそうです。

現在も商店街としてその名残が残っています。ちなみに「シーボルト通り」と名付けられている模様。

商店街を進んでいくと、探していた石碑がありました。

「長崎街道ここにはじまる」

そして石碑の近くにはこんな看板も。


「ラクダのミュート」という響きがかわいい

長崎街道はこの後、西のほうへ向かって日見、矢上、彼杵、諫早…と続いていきます。

諏訪神社・松森天満宮と月見茶屋

【諏訪神社】

石碑を観に行ったあとは、もと来た道を引き返して諏訪神社に参拝しました。

諏訪神社という名前の神社は全国に多数ありますが、長崎の諏訪神社の正式名称は「鎮西大社 諏訪神社」です。

この神社の歴史をたどると、戦国時代には一時イエスズ会教会領となり、お社が壊されたり焼かれたりしたこともありました。

1625年に再興されてからは長崎の鎮守となり、長崎に住む人たちはその氏子となりました。これにはキリスト教の禁令にあわせ、キリシタンを根絶したいという思惑もあったそうです。

江戸時代の長崎くんちでは、オランダ人や中国人のための見物用の桟敷も作られたそうです。くんちの出し物や傘鉾も、国際色豊かでとてもエキゾチックです。

色々な文化がまじりあう長崎ならではの神社だといえます。


諏訪神社前の電停そばの地下道は、さまざまな傘鉾の絵を見ることが出来ます。

諏訪神社の境内はとても広くたくさんの見所があるので、ご来訪の際は是非ゆっくりと散策してみてください。

個人的には、参道の途中で「迷い子しらせ石」の実物が見れたのがよかったです。


「木島日記」にも出てた迷い子のしるべ!

【松森天満宮】

諏訪神社のすぐ近くに松森天満宮という神社があります。

ここには県の指定文化財にもなっている「職人尽(しょくにんづくし)」という木彫があるそうなので観に行ってみました。

江戸時代なかば(1713年)に奉納されたとのことでかなり古いですね。

歴史的価値も高いと思うのですが、屋外で野ざらしにしてても大丈夫なのか、ちょっと心配になるところです…。30枚にわたり、さまざまな職業の仕事の様子が描かれています。

探してみたら「菓子製造の図」もありました!

あと気になったのは「餅作り及び踊商人の図」です。踊商人とは一体…。

【月見茶屋】

小腹も空いてきたので、再び諏訪神社付近に戻って、「月見茶屋」さんで休憩することにします。ここは明治18年創業の老舗お茶屋さんです。

一押しはぼた餅らしいですが今回はあべかわ餅を頂きました。


お品書きには「5個」で載っているのですが、お店の人に言えば数を加減してもらうこともできる模様。今回は3個頂きました。

ほどよい甘味で抹茶と頂くと丁度よいかんじです。

出島


対岸から見た出島。川に面した部分はかつての島の輪郭の復元が進んでいる。

長崎街道の始点は、上述のように、新大工町の石碑の立っている場所になるのでしょうが、シュガーロード=砂糖の運ばれていった経路の出発点ということで考えると、やはり当時唯一の外国との窓口であった出島になるのではないかと思います。

現在の出島の周囲は海が埋め立てられているため完全な扇型ではありませんが、近年は長崎市により当時の建物の復元や、周囲を堀で囲むことで扇形の島の形を復元しようとする工事も進行しているようです。

長崎にいる外国人のうち、中国人は比較的自由に市中を歩くことができましたが、オランダ人についてはそのような自由が許されず、先述した長崎くんちの見物など、特別な場合以外は殆ど出島から出ることが許されなかったそうです。

市中に住居を構え塾も開いていたシーボルトなどは、特例的な扱いを受けていたといえます。


出島の入り口に居たゆるキャラとちりんちりんあいす

長崎の街中でよく見かけるのが、「ちりんちりんあいす」です。小さな屋台で移動販売されていて、お値段も150円程と大変良心的です。

注文すると、その場で売り子さんが巧みな手さばきでアイスをきれいなバラの形にして手渡してくれます。

製造元の前田冷菓のHPによると、1960年(昭和35年)から販売してるそうなので、もう半世紀以上の歴史があるのですね。
シャーベットに近い、シャリシャリした食感のアイスです。

後で知ったのですが、このチョコレート味のちりんちりんあいすは出島のみでの限定販売みたいです。

前田冷菓

興福寺と萬順

【興福寺】

長崎の街を歩いていると、中国風の赤いお寺がよく目につきます。

そんな中国風のお寺(唐寺)の一つ、寺町というその名の通りお寺が密集しているエリアにある興福寺を訪れました。興福寺は明から渡来したお坊さんが開いた日本最古の唐寺で、国の重要文化財にも指定されているそうです。

頂いたしおりに、長崎に唐寺が数多く建てられた理由が載っていましたので、その個所を引用させていただきます。

「興福寺は、国内最初の黄檗禅宗(おうばくぜんしゅう)の唐寺でその由来は古く、中国・明の商人が長崎と行き来を始めた頃に渡来した中国人が、一六二〇年ごろ航海安全を祈願してこの地に小庵を造ったことに始まります。

この時代は、幕府のキリスト教禁令が厳しく、長崎在住の中国人にもキリシタンの疑いがかかったため、仏教徒であることを証明するためにも、崇福寺、福済寺、聖福寺など、つぎつぎと唐寺が建てられたといわれます。」

お祀りしてあるのも黄檗宗の開祖である隠元禅師や関帝様・媽祖様といった感じで異国情緒溢れるお寺です。

ちなみに白あんなどに使われる「いんげん豆」は、隠元禅師が日本に持ち込んだのでこの名で呼ばれるようになったそうです。

丁度紫陽花のシーズンで境内にもたくさんの紫陽花が飾ってあり、建物の赤い色とのコントラストが綺麗でした。

【萬順】

興福寺からしばらく歩いたところにあるのが、中華菓子の老舗「萬順」です。

「江戸時代には砂糖の貿易業を営んでおり、明治十七年(1884)に菓子舗として、新地にて創業いたしました。」

お店のしおりに記載の「萬順の歴史」より

もとは砂糖の貿易業だったというのも興味深いです。ここのお菓子は昔からの手法を守り、今でも手づくりで造られているのだそうです。

お店の方がよりよりを試食させてくださいました。

初めて食べたのですがなかなかのハード系お菓子です。最近は小さいサイズの「ちより」という商品もあるそうで、そちらは歯ごたえもちょっとソフトらしいです。

ここではよりよりと月餅を購入しました。

萬順

カステラ老舗巡り

長崎を代表するお菓子といえば、やはりカステラです。

「呼称はスペイン北部の古王国「カステリア」に起因する説が有力。
ただ同名の菓子はなく、船乗りの保存食としても親しまれた「ビスコーチョ」が比較的近いとされる。(-中略-)
当時は卵、砂糖、小麦粉のみを使い、やや固め。
現在の味は明治に入ってからのもので、水あめを使うことでしっとり感とこくを出している。」

「肥前の菓子」より引用

カステラも時代に合わせて進化してきたのですね。

なお、これも「肥前の菓子」に記載があったのですが、総理府(現在は内閣府に統合)の消費統計では、カステラは和菓子に分類されるようです。

伝来から400年経っているし、日本ならではの配合や製法が編み出されて今日まで生き残っているので、たしかに和菓子枠に入ってもいい気もします。

長崎市内にはたくさんのカステラ店がありますが、今回は特に歴史の古い老舗2店を廻りたいと思います。

【福砂屋 長崎本店】(創業 寛永元年 1624年)

「思案橋」電停で下車し、思案橋の通りを抜けると福砂屋本店があります。

このあたりは、かつて遊郭があった丸山地区のちょうど入り口にもあたる場所です。
白と黒とのコントラストが美しい、純和風の店舗も一見の価値があります。

「寛永の始め頃、日本人とポルトガル人は長崎の街中で親しく交流しておりました。初代福砂屋は、ポルトガル人からカステラづくりを伝えられる契機があったものと思われます。」

福砂屋「手づくりのしおり」より

店内にはガラス細工もたくさんディスプレイされていました。

個人的には日露戦争時の海軍中佐、広瀬武夫の送った手紙が展示されてるのも興味深かったです。

蝙蝠のマークがかわいらしいですが、蝙蝠は「蝠」の字が「福」の字にも似ていることから、中国ではおめでたい動物とされているそうで、それにあやかろうということでお店のトレードマークになったのだそうです。

ここではモダンなパッケージの「フクサヤキューブ」を購入しました

福砂屋

【松翁軒 本店】(創業 天和元年 1681年)

「公会堂前」電停で下車してすぐの場所にあります。

福砂屋は「カステラ本家」を商標登録しているそうですが、こちらの松翁軒は「カステラ元祖」だそうです。どちらも1600年代の創業なのでなかなかの歴史です。

1階が店舗、2階が喫茶室になっているのですが、この喫茶室がクラシックな内装でとても雰囲気のよい場所でした。

せっかくなのでここでカステラを頂くことにします。


カステラとチョコラーテのセット

カステラでけっこう満腹になってしまいましたが、おすすめメニューらしき「ミルクセーキ」も気になりました。

次に訪問することがあれば注文してみようと思います。ここではチョコレート味のカステラ「チョコラーテ」と「チーズカステラ」を購入しました。

松翁軒

お菓子試食タイム

長崎で買ってきたお菓子を試食してみたいと思います!

他のスタッフにも試食してもらったので、感想もあわせて紹介します。

【萬順 月餅・よりより】

月餅はスタンダードな丸型のものと、形が珍しい亀型のものを購入しました。このお店の月餅にはピーナッツやくるみも入っています。

よりよりは小麦粉と砂糖を主原料に、油で揚げたお菓子です。
揚げ菓子なのに全然油っぽくない!
ほのかに甘くて噛むほどに味がじわじわ出てくるかんじのお菓子です。

ちなみに試食時にアンケートをとってみたことろ、よりよりを知っていたのは5人中2人でした。

【よりより スタッフ食レポ】

  • 「甘さ控えめで香ばしい香りがして美味しかったです。油で揚げてるのに全くしつこくなくたくさん食べれそうです。」(稲垣)
  • 「固い。かみ砕けない程度ではないけど固い。味は昔ながらのお菓子といった感じ。飲み物と一緒に食べるのがいいのかも。」(村田)
  • 「久々に食べました。懐かしい味。よりよりって堅パン並の硬度なので食べる時慎重にゆっくり食べるせいか少しでも満腹感ありますね。この堅さとほんのりした甘みがくせになりそう。」(川崎)

【福砂屋 フクサヤキューブ】

福砂屋が近年売り出しているとてもモダンなパッケージのカステラです。
今回は期間限定のパッケージが販売されていたのでそちらを購入しました。

包装もとても開けやすく、折りたたみ式のフォークも同梱されているのでどこでも食べることができますね。

小さめのカステラが2切れ入っていて、1回で食べきるのにちょうどいいサイズでした。

キューブのカステラは底のザラメの存在があまり感じられなかったかもしれない…。でもとてもしっとりとした食感で美味でした。

歴史ある老舗も、こういった新しい時代の流れも取り入れながら伝統の味を存続させているのは興味深いです。

【松翁軒 チョコラーテ・チーズカステラ】

松翁軒のお菓子は、正直パッケージ買いしてしまったといっても過言ではありません。それ位個人的には松翁軒のアートワークのセンスが好きです。

今回は購入していませんが、カステラのパッケージには男の子が描かれていて、チョコラーテの箱の女の子と対になるデザインです。あ、言うまでもなく味も勿論美味しいですよ!

今回購入したのは0.3号です。

ちいさめサイズなので自分用にも、ちょっとしたお土産にもいいと思います。

あらかじめ切れ目が入れてあるのも食べやすくていいですね。「チーズカステラ」は、食べたことがない商品だったのと、私がチーズ味が好きだという理由でのチョイスです。

「チョコラーテ」は、松翁軒のしおりによると明治時代から作られている商品だそうです。チョコレート味のカステラなんて、当時は時代の最先端をゆく超ハイカラなお菓子だったに違いありません。

【チーズカステラ スタッフ食レポ】

  • 「長崎カステラ特有のしっとりとした食感です。甘さは控えめで、口の中に香りが広がりますが、後を引かないのでサッパリとした印象です。チーズもそんなに主張していないので、チーズが苦手な方も大丈夫かもしれません。」(浦川)
  • 「ちょっとチーズの風味は薄かったかも…(笑)個人的に甘すぎるお菓子が苦手なんですが、こちらのカステラは甘さが強すぎず食べやすかったです。」(川崎)

【チョコラーテ スタッフ食レポ】

  • 「食感はしっとりしていて、チョコの味もそこまで主張が激しくなく、カステラ本来の風味を邪魔しない程度でとても丁度いい甘さ。」(村田)
  • 「甘めで少量でも満足できました。疲れてる時に食べると元気がでます。」(稲垣)

今回の紀行マップ

長崎市内の観光には、路面電車が¥500で1日乗り放題になる「1日乗車券」が大変便利です。

長崎電気軌道株式会社,路面電車 一日乗車券

以上、「シュガーロード紀行」第1回をお送りしました。

今後も長崎街道を北上しながら、沿道のお菓子を食べていきたいと思います。
果たして終点の小倉まで無事にたどり着けるのか…。

次回の紀行は長崎県 大村の予定です。それではまた。

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