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by よしだ よしだ

【連載】九州古今菓子探訪 -壱- 熊本

【連載】九州古今菓子探訪 -壱- 熊本

ごきげんよう よしだです。

これまで、砂糖が運ばれた道=長崎街道の菓子を巡る連載「シュガーロード紀行」を約二年かけてお届けしてきました。

前回の小倉で紀行はひととおり終了したのですが、九州にはシュガーロードの影響を受けたお菓子が他にも色々と残っています。

今回からは、そういった九州各地に残るお菓子や、前回の紀行の際に取り上げきれなかったお菓子、時代の新旧にかかわらずその土地の人々に親しまれている地方色豊かなお菓子などを探訪する連載をお届けしたいと思います。

今回は数年来気になっていた、あるお菓子を求めて熊本をおとずれます。

謎のお菓子 ”カセイタ”

”カセイタ”というお菓子の存在をはじめて知ったのは、今から7~8年前、オノ・ナツメさんの「つらつらわらじ」を読んでいた時のことです。

「つらつらわらじ」は、江戸時代 備中岡山藩のお殿様が岡山から江戸まで参勤交代を行う道中を描いた漫画で、そのなかで大阪の豪商がお殿様に献上するお菓子として登場したのが ”カセイタ” でした。

作中にはこのような絵が一コマあるだけ。見た目は何だか平べったいサンドウィッチのように見えます。

熊本のお菓子であること、漢字で表記すると”加勢以多”になることは知ることができましたが、それ以上の詳しい記述はありません。

何で出来ているのか、どんな味なのかもわからなかったけど、風変わりな響きもあって、このお菓子の名前は妙に記憶に残るものでした。

それから数年後、「肥前の菓子」を読んだ際に、この”カセイタ”に再び出会うことになります。

本を読んで知りましたが、実は”カセイタ”もシュガーロードと非常に深い関係のあるお菓子でした。
これは是非現地に出向いて入手したいと思い、熊本に出かけることにしました。

熊本へ

というわけで、初夏の某日 熊本へやってまいりました。
博多からは九州新幹線で約一時間ほどで到着です。

(駅に降り立った途端、あの黒い熊に加えて今年は大河ドラマの圧がすごい。)

これは熊本市役所の展望ロビーから見る修復工事中の熊本城。

熊本城はいまだ広範囲にわたり立ち入りができない状況です。
崩れた石垣の石ひとつひとつを全て元通りに組み直すなど、気の遠くなるような修復作業が行われている最中ですが、こうやって少しづつでもお城がもとの姿に戻っていく様子は見ていて嬉しくなります。

今回紹介する熊本のお菓子は、この熊本城を居城とした大名 加藤家・細川家とも、それぞれ深い関連があります。

加勢以多

「肥前の菓子」には、加勢以多についてこう書かれています。

“加勢以多”は、文化の十字路肥前からもたらされたものでこの起源はポルトガルにあり、江戸期は全国に存在していた。

マルメロという果実の果肉を練り固めたもので、その異国情緒あふれる味わいを肥後熊本の細川三斉公が好み熊本に持ち帰ったものである。

加勢以多は、かせ板とも書き語源はポルトガル語の「カイシャダ・マルメラーダ」、すなわち「マルメラーダの箱」が日本語に置き換えられたと伝えられている。

なるほど、不思議な響きをもつ名前はポルトガル語が変化したものだったのですね。

細川三斉(=忠興)といえば、前回訪れた小倉とも関連があります。
忠興は関ヶ原の戦いの後 豊前国を拝領、それまでは小さな城だった小倉城を約七年かけて大きな城に改築し居城としました。

その後家督を子の忠利に譲って隠居、名前を三斉と改めます。
忠利の代に細川家は豊前小倉から肥後熊本に移封、石高も四十万石から五十四万石に加増されました。

三斉は戦国の乱世を生き抜いた武将ですが、和歌や学問に秀でた当代きっての文化人でもありました。特に茶道については、千利休の高弟の一人にも数えられるほど造詣が深かったそうです。


加勢以多は三斉が茶菓子として重用したことで熊本に根付き、のちに幕府への献上品や諸大名への贈答品としても用いられました。

原料となるマルメロは日本になかったため、カリンや梨で代用して作られていたそうです。

(写真はWikipediaより。左がマルメロ、右がカリン。分類上は全く別の属種ですが、こうやって見ると外見は似ているかもしれない…。)

加勢以多は長らく山城屋というお菓子屋さんが生産していましたが、山城屋は昭和60年代に廃業、製造も一時途絶えた時期がありました。

その後平成に入りお菓子の香梅さんが製造を継承、加勢以多は復活し現在に至っているとのことです。


こちらがお菓子の香梅さんの白山本店。

「誉の陣太鼓」や「武者がえし」でも知られるお菓子屋さんです。ここで加勢以多を購入しました。

本店の中には喫茶スペースも併設されています。これはひと休みがてら店内で食べた陣太鼓ソフト。

陣太鼓に使用されている大納言あずきと求肥が入っています。限られた店舗で提供されているようなので見つけた際は是非ご賞味ください。


加勢以多はまるで長持を思わせるような濃紺の箱に入っています。

箱を開けると中には紙にくるまれた小さくて薄いお菓子が詰まっていました。

表面の白い部分はもち米で作ったおぼろ種、細川家の家紋である九曜紋の焼印が押され、なかには砂糖で煮て餡状にしたカリンが挟んであります。

食べてみると、果実の爽やかな酸味が広がります。
カリンという普段あまり食べたことのない果物でもあるせいか、和菓子としては新鮮な味わいに感じました。

三斉に倣って、お抹茶と一緒に頂いても美味しそうです。

お菓子の香梅

朝鮮飴

加勢以多と並んで熊本に古くからあるお菓子として挙げておきたいのが朝鮮飴です。

朝鮮飴(ちょうせんあめ)は、江戸時代から受け継がれる熊本県の伝統銘菓である。

求肥飴の一種とされる。餅米と水飴と砂糖を独自の製法でこね合わせて長方形に型切りし片栗粉をまぶしている。上品な甘さともちもちした食感を持つ滋養豊かで日持ちする和菓子である。

安土桃山時代、老舗園田屋の開祖である園田武衛門により造られていた当初は、長生飴または肥後飴と呼ばれていた。

文禄・慶長の役が起きると、肥後国の城主であった加藤清正がこの飴を兵糧目録に入れて朝鮮半島へ出兵し、長期の携行でも風味が損なわれず兵士達の英気を養うのに大いに役立った事から、以後は朝鮮飴と呼ばれるようになったという。

(中略)

江戸時代中期までは肥後藩が買い上げる御用物とされ、製法も管理されて一般への流通は許されていなかった。代々の肥後藩主は朝鮮飴を江戸幕府と朝廷への献上品、または諸大名への贈答品としても用いていた。

Wikipedia 朝鮮飴

加勢以多は細川三斉ゆかりのお菓子でしたが、こちらは加藤清正ゆかりのお菓子ですね。

朝鮮飴はWikipediaの解説にも名前が出てくる園田屋さんが一番の老舗とのこと、現在のご店主で19代目になるそうです。
2018年には115年ぶりの新商品を発売したことで話題になっていました。

創業420年 朝鮮飴で知られる熊本市の園田屋 115年ぶり新商品「れもん飴」登場 | クロスくまもと


ということで園田屋さんに朝鮮飴を買いに行ってきました。

が、閉まってる…。

どうやらこの日は定休日だったみたいです。建物だけ写真に納めましたが、周囲にビルが建ち並ぶ街中で古めかしい日本家屋の店舗がひときわ目を惹きました。

商品は熊本駅のお土産売り場で売られているのを見つけて無事入手できました。
箱には加藤家の家紋である蛇の目紋・桔梗紋と熊本城の絵が描かれています。

写真では真っ白に写ってしまってるのでわかりづらいですが、箱を開けるとかたくり粉に覆われた朝鮮飴がみっちり詰まっています。

粉を払い落とすとこんな感じ。やや黄色味を帯びた求肥のお餅が一口大の大きさに切り分けられています。

食べてみると柔らかで大変美味しいです。口に広がるやさしい甘みは、確かに飴を思わせます。

試食したスタッフからは「ボンタンアメに似ている」という声も上がりました。
実はボンタンアメは朝鮮飴から着想を得て作られた経緯があるそうです。

園田屋さんの商品はネットでも購入可能です。
老舗園田屋 – Yahoo!ショッピング

リキュールマロン

伝統的な和菓子ではありませんが、熊本に来た際に是非食べてみたいと思っていたお菓子があります。

熊本の老舗洋菓子店 スイスの「リキュールマロン」です。熊本市民なら知らない人はいない程有名なお菓子とのこと。

お店のサイトの商品紹介ページにはこう書かれています。

創業当時から製法を変えていない、言わずと知れたミドリの銀紙にくるんだバターケーキ。
生地に浸み込んだたっぷりのリキュールシロップ、県産の渋皮マロンが入ったバタークリームをサンドしてあります。

きっと昭和のあの頃を思い出させてくれる一品です。

「昭和のあの頃を思い出させてくれる」… どんな味か気になるところです。

スイスさんは喫茶スペース併設の店舗があり、そこでリキュールマロンも提供されているそうなので、お店で食べることにしました。

やってきたのは市街中心部の大きなアーケード街、上通りにあるお店です。

お店の奥には広めのテラス席もあります。天気もいい日だったので外でいただくことにしました。

注文して待つこと数分、リキュールマロンが運ばれてきました。

緑色の包装紙を開けると嵩のある丸いケーキが姿を現します。

スポンジ部分には極限まで洋酒がしみこませてあり、その間には栗入りのバタークリームがたっぷりと挟まっています。よく冷やしてあることもあって何だかケーキとアイスの中間のような食感です。

味が濃い、とにかく濃い。一個食べるとものすごい満足感。

この濃厚さもあって、一度食べると忘れられない味です。
昔から食べている熊本の人にとっては、ずっと変わらないこの味が懐かしさをも呼び起こすのでしょう。
お店の創業時(1962年)から同じ製法で作られ続けているのも何だか分かる気がします。

SWISS  熊本で最初の洋菓子(ケーキ)店 お菓子のことならスイス

今回の紀行マップ

熊本城をはじめ、熊本市内には震災の被害の痕が残っている場所もまだ多いですが、目に見えるかたちで復興が進んでいて街も活気に溢れています。

これは当日訪れた小泉八雲旧宅の館長さんからお伺いしたお話しですが、「10月になるとラグビーワールドカップも開催される、熊本城の一部公開も再開されて、今建て替えをしている交通センターも出来上がるので、10月以降に是非来てみてください。」とのことでした。

また、今回は下調べがちょっと足りなかったこともあり、熊本から帰ってきた後に知りましたが、水前寺公園にはお庭を眺めながら加勢以多とお茶が頂ける「古今伝授の間」という場所もあるそうです。

こちらも是非訪れてみたいので、10月以降に機会を見つけてまた熊本に行こうと思います。

次回の紀行は九州を離れ、ちょっと遠くに出掛けるかも…。
それではまた。

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